文学・語学賞

令和三(2021)年度 文学・語学賞

本橋龍晃氏(立教新座中学校高等学校)

「河出書房の戦後―肉体文学・『仮面の告白』・風俗小説論争―」
『文学・語学』第231号(令和3年4月)

全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものとみなされる論考に対して、『文学・語学賞』を授与することになっております。

令和3年度の当該の賞につき(231号~233号掲載の若手の研究者の論文が審査対象)、文学・語学賞選考委員会(編集委員会)において慎重に審査をいたしました結果、次の論考を受賞対象と決定いたし常任委員会の承認をえて委員会に報告いたしました。授賞式は、令和4年夏季大会(於大妻女子大学 6月11日)における総会において行われました。詳細は次の通りです。

受賞論文

「河出書房の戦後―肉体文学・『仮面の告白』・風俗小説論争―」

受賞者

本橋龍晃氏(立教新座中学校高等学校)

掲載誌

『文学・語学』第231号(令和年3年4月)

推薦理由

本橋論文は、三島由紀夫 『仮面の告白』(河出書房、一九四九・七)の出版に至る力学を考察するとともに、戦後の文学思想と出版メディアの相互作用の明確化をはかった論である。 戦後派作家を擁立してきた河出書房についてはこれまで語られてきたものの、新人作家たちの作品を刊行せざるを得なかった出版社としての実情と戦略については十分に検討されてこなかった。そこに焦点を当て、戦後の河出書房の戦略が、戦後小説の枠を問う議論と大きく関わっていたことを明らかにした点で本論は高く評価され得る。

単なる作品論にとどまらず、作品を世に送り出す出版社の立場に着目し、当時の言説から跡づけようとする論述の姿勢従来、肉体文学が、性風俗といった評価を受けていたものの、文学として再評価に至るまでの経過を出版社の側から明快に説く点は、斬新な論と受け止めた。また、実証的な論理考証もさることながら、今回の考察が、他の三島由紀夫作品分析へと展開できること、そして、広く肉体文学作品のありようを明確にすることに繋がること、さらには、河出書房以外の出版社の立ち位置の解明に繋がること(それは、「出版社を視座にして戦後の文学ジャンルの位置づけを再考する」こと)等、様々な考察に結び付く要素を持っていることも特質すべき点であると思われる。

一方で、分断状況や作品の分析においても優れた点を有する。「形而上学に終始してきた哲学や思想への批判意識によって生み出された」肉体文学は、本来的な役割からずれた「性的要素が強調され、読者の欲望を喚起する作品」として受容され、文壇から批判を受けた。しかし、文学では新興出版社であった河出書房が、戦後派の新人作家の作品を売らねばならない経営上の理由から、『文藝』誌上にて、「肉体文学を擁護しつつ、大衆迎合的なエログロ作品との距離を強調していた」という指摘は説得性が高い。その戦略性は、ヒューマニズム文学を待望する 『近代文学』誌上にて、三島由紀夫『仮面の告白』を「同性愛やサディズムを「変態性欲」ではなく「人間性」という言葉で語り直すことによってその新規性を喧伝していることからも明らかにされている。

そして、肉体文学を巡る問題の延長線上に風俗小説論争との交差を見出し、『文藝』誌上で「肉体文学及び論争の最中にあった風俗小説の価値を、一挙に問い直」したことが、戦後の河出書房による戦略であったことを浮き彫りにしたことも評価に値する。
文学市場に参入して間もない河出書房の戦略が戦後文学における小説の枠を問い直す議論に大きく作用していたことを丹念に導き出し、戦後の出版メディアと文学思潮との関係性を明らかにした本論を 「文学・語学」賞候補として推薦したい。

令和二(2020)年度 文学・語学賞

芦川貴之氏(早稲田大学大学院生)

「〈武蔵野〉の形成―詩歌人による独歩受容の地平から―」
『文学・語学』第230号(令和2年12月)

全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものとみなされる論考に対して、『文学・語学賞』を授与することになっております。

令和2年度の当該の賞につき228号~230号掲載の若手の研究者の論文が審査対象)につき、文学・語学賞選考委員会(編集委員会)において慎重に審査をいたしました結果、次の論考を受賞対象と決定いたし常任委員会の承認をえて委員会に報告いたしました。授賞式は、令和3年夏季大会(於國學院大学 6月6日)における総会において行われました。詳細は次の通りです。

受賞論文

「〈武蔵野〉の形成―詩歌人による独歩受容の地平から―」

受賞者

芦川貴之氏(早稲田大学大学院生)

掲載誌

『文学・語学』第230号(令和年2年12月)

推薦理由

本論文は、国木田独歩「武蔵野」が『文章世界』や『新古文林』等に再掲された明治40年前後の時期に着目し、詩歌人による「武蔵野」受容のなかで〈東京〉へのアンチテーゼとしての〈武蔵野〉が形成されていく様を捉えたものである。論者はまず、『新声』を拠点とした尾上柴舟らの「叙景詩運動」に、独歩「武蔵野」からの影響が見られることを明らかにする。次に、独歩主宰の『新古文林』に〈武蔵野〉にまつわる作品が複数掲載されたことは、〈東京〉中心主義的な大町桂月『東京遊行記』への対抗だったのではないかと指摘し、「都会」に対抗するトポスとしての〈武蔵野〉の観念が『新古文林』に集った人々の間に共有されていたと論じる。さらに、〈東京〉へのアンチテーゼとしての〈武蔵野〉の形成の背景には鉄道インフラの整備があること、また鉄道は文学者を〈武蔵野〉へと誘うと同時に、〈東京〉による〈武蔵野〉の浸食を促した側面も持つことを指摘する。

独歩「武蔵野」の表現それ自体ではなく受容状況に着目することで、〈武蔵野〉概念を形成した詩歌壇の動向や時代状況を明らかにし、それによって「武蔵野」の文学史的意義を新たな角度から照らし出した点に本論文の新規性が認められる。「武蔵野」に独歩の美意識の新しさを見出す定説に対し、本論文では、反『明星』としての「叙景詩運動」や、吉江孤雁・河井酔茗・水野葉舟らの作品にも〈東京〉への対抗概念としての〈武蔵野〉概念が見られること、さらにそうした〈武蔵野〉概念の形成に交通機関の発達が関わっていることなど、〈武蔵野〉を取り巻く多様な動向が示されている。これらの動向を総体的に歴史に位置付けるような図式は必ずしも明示されていないが、その分、文学史のダイナミズムを単線的な論理に回収することなく捉え得ている。テーマ、方法論ともに、独歩研究に留まらない広がりを持つものと言える。今回の選考は、諸論考のそれぞれが作品理解において資するところが大きく、最終的に本論文への決定には、他の候補者に比して、その当時の日本の文化理解という大きな側面へ資するところが、本学会機関誌「文学・語学」の掲載論文として相応しいと思量され、芦川貴之氏の論考を「文学・語学」賞とした。

本賞選考時には、草野勝氏の「『枕草子』「鳥は」章段の「鶯」「郭公」「烏」―和歌的規範凝視の姿勢」には、作品そのものの論理をも射程に「鳥は」章段の構成論理を明らかにし、『枕草子』研究に一石を投じる姿勢が見られ、「文学・語学」賞に準ずるといった意見が複数あがった。このように2020年度は多くのご投稿を頂き、様々な視点からの研究成果を多数掲載することができたことは編集委員会の喜びとなっている。なお、これらを経て、今後も若手研究者による挑戦的な研究成果を公正に評価し、積極的に掲載していくことを目指していくことを改めて編集委員の総意として確認したことを最後に付記しておく。

令和元(2019)年度 文学・語学賞

古明地樹氏(総合研究大学院大学院生)

「橘守国の絵手本作品における画題の和漢分類意識―レイアウトを起点に―」
『文学・語学』第226号(令和元年10月)

全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものとみなされる論考に対して、『文学・語学賞』を授与することになっております。

令和元年度の当該の賞につき224号~227号掲載の若手の研究者の論文が審査対象)につき、文学・語学賞選考委員会(編集委員会)において慎重に審査をいたしました結果、次の論考を受賞対象と決定いたし代表委員会の承認をえて委員会に報告いたしました。コロナウイルス感染症のため夏季大会が中止となりましたので、残念ながら授賞式は行うことができず、書状と副賞は送付させて頂きました。詳細は次の通りです。

受賞論文

橘守国の絵手本作品における画題の和漢分類意識―レイアウトを起点に―

受賞者

古明地樹氏(総合研究大学院大学院生)

掲載誌

『文学・語学』第226号(令和元年10月)

推薦理由

古明地樹氏の当該論文は、近世中期の狩野派の絵師・橘守国の絵手本作品を取り上げ、和漢の画題とレイアウトの相関性を検証することによって、守国の作品を介して庶民層へ知識が伝搬される際の具体的で構造的な特徴を明らかにすることを目指したものである。

まず、本論文は、狩野派の粉本主義を指摘した上で、守国の作品は読者として絵師を想定し、注釈的態度に基づく分類や注釈が行われていることを指摘する。その上で、絵と文章の配置、絵と文章を隔てる枠の形式の二点から守国画作のレイアウト分類を行い、レイアウト分類と和漢の画題分類との間に相関関係が認められることを明らかにした。さらに、守国の作品と近世中後期および明治初期の絵手本・画譜との比較を行うことによって、守国による分類方法が守国独自のものであり、その方法が狩野派の絵師教育の影響によるものであるという見解を示した。

本論文は、橘守国なる人物に光を当て、知的な側面から画題に対する姿勢までを丁寧に調査・分析している点が評価される。また、守国作品について手堅い分類・分析を行う一方で、その啓蒙的性格に着目することで近世中期における知の伝播のダイナミズムの一端を紐解くというスケールの大きさも備えており、論の信頼性、有効性、新規性の要素を満たす論考となっている。

さらに、本論文により、これまでの町絵師の認識自体が本研究によってより広がりをもつものとなることが期待できる。諸本の画題やレイアウトを切り口にした大胆な分析も、今後の新たな文学・絵本研究の方向性を示唆するものとなっている。加えて、美術史と文学史を有機的に接続する視座は、近世絵本以外の他の時代・ジャンルの研究にも応用可能なものであり、文芸の持つ学際性の可能性を指し示す研究方法の一提示となった。広範な時代と領域を包含する本学会の学会賞にふさわしい。

平成30(2018)年度文学・語学賞

辻本桜介氏

「中古語における類義語イラフ・コタフの分析――共起する引用句「~と」に着目して――」
『文学・語学』222号

全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものとみなされる論考に対して、『文学・語学賞』を授与することになっております。

平成30年度の当該の賞につき222号~224号掲載の若手の研究者の論文が審査対象)につき、文学・語学賞選考委員会(編集委員会)において慎重に審査をいたしました結果、次の論考を受賞対象と決定いたし常任委員会の承認をえて委員会に報告いたしました。授賞式は、令和元年夏季大会(於二松学舎大学 6月29日・30日)における総会において行われました。詳細は次の通りです。

受賞論文

中古語における類義語イラフ・コタフの分析――共起する引用句「~と」に着目して――

受賞者

辻本桜介氏

掲載誌

文学・語学222号掲載

受賞理由

本論文では、中古語の類義語イラフ・コタフの意味関係を調査考察し、前者は「反応」、後者は「対応」を表すとする。古辞書の表記や和文資料の解釈に基づく従来の方法と、現代語研究を応用した新しい方法とを組み合わせている点が非常に興味深く、行論に飛躍もない。以上から、文学語学賞にふさわしいと考えられる。

平成29(2017)年度文学・語学賞

池田茉莉乃氏(フェリス女学院大学院生)

「「問賜」ふ天宇受売神―『古事記』「天孫降臨」段の誰何の場面をめぐって―」
『文学・語学』221号(平成29年12月)

全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものとみなされる論考に対して、『文学・語学賞』を授与することになっております。

平成29年度の当該の賞につき218号~221号掲載の若手の研究者の論文が審査対象)につき、文学・語学賞選考委員会(編集委員会)において慎重に審査をいたしました結果、次の論考を受賞対象と決定いたし常任委員会の承認をえて委員会に報告いたしました。授賞式は、平成30年度夏季大会(於二松学舎大学 6月2日・3日)における総会において行われました。詳細は次の通りです。

受賞論文

「問賜」ふ天宇受売神―『古事記』「天孫降臨」段の誰何の場面をめぐって―

受賞者

池田茉莉乃氏(フェリス女学院大学院生)

掲載誌

文学・語学221号掲載(平成29年12月)

受賞理由

池田氏の当該論文は、『古事記』「天孫降臨」段の誰何の場面に使用される「賜」という敬語の使用例から、その意図を読み解こうとしたものである。『古事記』に描かれる天宇受売神の場面の内、天孫降臨の段において猿田彦に対して「問賜」と、問うという動作に尊敬の補助動詞「賜」が付されているのだが、構造的には天照大御神の「命(御言)」を受けた天宇受神が、その時点では正体不明の神と問答するということになる。当該論文では、その行為の意味について先行研究の明らかにしてきたところは、もっぱら『日本書紀』の場面の分析であり、『古事記』の場面とは同様ではないとする。そこで、『古事記』全体の中での「賜」の用法を整理分析しなおす。その結果、天宇受売神の場面は、天照大御神の御言をそのまま写し伝え、しかもその問いが完成する場合に「賜」が付されると指摘する。また、その際「神がかり」が必要とされることも指摘し、そもそも『古事記』における天照大御神の言葉による保証の機能を明らかにする。

先行研究も踏まえ、論証も丁寧である。何よりも、先行研究では見逃されがちだった『古事記』独自の表現として「賜」の文字に着目して『古事記』の論理を読み解こうとした点を評価した。

平成28(2016)年度文学・語学賞

山崎薫氏(早稲田大学大学院生)

「『うつほ物語』における声振りを用いた催馬楽引用」
『文学・語学』215号(平成28年4月)

全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものと見なされる論考に対して、「文学・語学賞」を授与することになっております。

平成28年度の当該の賞(215~217号掲載の若手の研究者の論文が審査対象)につき、編集委員会において慎重に審査いたしました結果、上記の論考が授賞候補となり、常任委員会の承認をえて授賞対象と決定いたしました。授賞式は、平成29年度夏季大会における総会(平成29年6月4日)において執り行われました。詳細は次の通りです。

受賞理由

文学・語学賞選考委員会(『文学・語学』編集委員会が兼ねる)

山﨑薰氏の当該論文は、『うつほ物語』における催馬楽引用の問題を取り上げたものである。『源氏物語』のなかには二十三曲もの催馬楽の引用が見られ、それについてはすでに多くの研究がなされている。一方で『うつほ物語』には四曲の引用が見られるが、その考察はあまりなされておらず、当該論文はそこに光をあてたものである。

『源氏物語』と比較して引用される曲数自体は少ないものの、『うつほ物語』では催馬楽の「声振り」を用いて作中人物が和歌を歌うという特異な例が見られ、氏はそこに着目する。「声振り」の語は『うつほ物語』で三例確認できるが、同時代の文学作品には見られない。そこで氏ははじめに、楽書『残夜抄』や『梁塵秘抄口伝集』を参照しながら、催馬楽の「声振り」で和歌を歌うことがいかなる行為であるかを明らかにした。先行研究を踏まえつつ、それが聞き手に対してどの楽曲か分かるよう、いわば「替え歌」のように催馬楽の旋律で自作の歌を歌うことだと述べている。

  続けて、そうした「声振り」で歌われる和歌が物語でいかに機能しているかを分析する。「祭の使」巻では、正頼と兼雅とがそれぞれ催馬楽「我家」・「伊勢海」の「声振り」で和歌を贈答するが、氏はこれら催馬楽の詞章と和歌が、あて宮の結婚をめぐる両者の意識と深く結びつくのだと論じた。また「菊の宴」巻では、実忠が「妹之門」の「声振り」で和歌を詠むが、ここでもその詞章と和歌が、妻のもとに立ち寄る物語の状況と重なるのだとする。

以上のように、「声振り」という特異な語の意味を論証しつつ、催馬楽の詞章が物語の展開と深く連動することを示し得た点で当該論文は評価されよう。歌謡と和歌の交渉、『うつほ物語』における催馬楽引用、これらの問題を切り拓くものとして、文学・語学賞に値する論文である。

平成27(2015)年度文学・語学賞

池原陽斉氏(東洋大学非常勤講師)

「『萬葉集』本文校訂に関する一問題 ――類聚古集と廣瀬本を中心に――」
『文学・語学』213号(平成27年8月)

全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものと見なされる論考に対して、「文学・語学賞」を授与することになっております。

平成27年度の当該の賞(212~214号掲載の若手の論文が審査対象)につき、編集委員会で慎重に審査いたしました結果、次の論考が授賞対象と決定いたしました。授賞式は、平成二十八年度六〇周年記念大会の総会(六月五日、於青山学院大学)で執り行われました。詳細は次の通りです。

受賞理由

文学・語学賞選考委員会(『文学・語学』編集委員会が兼ねる)

池原氏の当該論文は、二つの目的を持って書かれている。一点は、万葉集の別系統の伝本である類聚古集(平仮名訓本)と藤原定家本を親本とする廣瀬本(片仮名訓本)とのつながりを具体的に検証することである。その検証から廣瀬本の生成過程を想定することが、もう一点である。

まず後者について、外部徴証から類聚古集と廣瀬本の接点を探る。定家の父俊成の初稿本『古来風躰抄』の記述から、俊成が類聚古集を知悉し、『明月記』の記述では定家が類聚古集をさほど珍重していないことを示唆するとし、類聚古集が御子左家に所持されていた可能性を述べる。また俊成は当初末尾「九十四首無き本」を万葉集の証本と主張していたが、再撰本『古来風躰抄』ではその主張がなされなくなることを示す。廣瀬本も末尾九十四首だけ体裁が違うものが附加された形態を持つことなどから、定家が俊成の証本を受容した蓋然性が高いとする。池原氏はこれらを総合し、俊成が廣瀬本祖本を作成するにあたって類聚古集を利用した可能性を指摘する。

次に前者の類聚古集と廣瀬本とのつながりを内部徴証から丁寧に論証する。共通する本文・脱字・衍字・改字を二十四例にわたり、慎重に指摘し、後者の論証としていく。

氏の論考は、従来別系統と考えられていた二本の生成過程を両徴証からつないだものであり説得力に富む。特に内部徴証は、偶然の一致の可能性も考えられる三例を排除するなど、極めて慎重な態度でなされている。二〇一二年に「『古今和歌六帖』萬葉歌の再評価」で「全国大学国語国文学会研究発表奨励賞」を賞した池原氏が、真摯に研究を積み重ねた成果としての論文である。その内容・論証方法も堅実丁寧で、上代文学研究者のみならず、他の時代・分野の若手研究者の範となる論と考えられ、文学・語学賞に値する論文であると言えよう。

平成26(2014)年度発行『文学・語学』

張ユリ氏(論文発表時は名古屋大学大学院生、現在、韓国・慶北大学校非常勤講師)

「雑誌『モダン日本』が構築した「モダン」――雑誌のブランド化と読者戦略――」
『文学・語学』第211号(平成26年12月)

全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものと見なされる論考に対して、「文学・語学賞」を授与することになっております。

平成26年度の当該の賞(209~211号掲載の若手の論文が審査対象)につき、編集委員会で慎重に審査いたしました結果、上記の論考が授賞対象と決定いたしました。授賞式は、平成27年度夏季大会の総会(6月7日、於大東文化会館ホール)で執り行われました。

授賞理由

文学・語学賞選考委員会(『文学・語学』編集委員会が兼ねる)

張ユリ氏の当該論文は、1930年代から40年代にかけて発行された雑誌『モダン日本』のメディアとしての特徴と独自の戦略を分析したものである。1930年代の日本において「モダン」という言葉は世俗的に流行し、多くの「モダン」系雑誌が誕生したが、現在では実物を確かめることも容易ではなくなっている。その中で唯一『モダン日本』だけが国立国会図書館にも数多く所蔵されており、現在においても言及されることが多い。これは単に数量の問題だけではなく、雑誌自体に独自の戦略があったことに基づくのではないかというのが氏の主張である。

その戦略とはまず、①編集長の馬海松が、読者層を「移動する若者」に想定し、雑誌販売の市場として汽車及び駅に注目していたこと、②定型化した視覚イメージ作りのための表紙デザインの統一や、誌面の中のキャラクターの登場等、③「モダン日本」という名前を競走馬や商品につけることによるブランド化、の三つである。さらに読者との関わりにおいては、「積極的に読者の参加を誘導することができるシステムを構築」するための「モダン日本クラブ」という会を作り、割引券付きの会報や、会員を対象とするティーパーティの開催等により、読者を受動的な役割から行動する主体へと転身させていった。このような「体験」を通じての読者の組織化こそが、他の「モダン」系雑誌とは異なる『モダン日本』の特徴なのだと氏は述べている。

張論文は、これまで研究資料として扱われることの多かった『モダン日本』の、雑誌メディアとしての内実を正面から取り上げた点が高く評価できる。『モダン日本』以外の「モダン」系雑誌の調査も踏まえており、今後の研究の礎となる部分も多い。文学・語学賞に値する論文であると言えよう。

平成25(2013)年度発行『文学・語学』

大橋崇行氏(岐阜工業高等専門学校助教)

「美妙の〈翻訳〉―『骨は独逸肉は美妙/花の茨、茨の花』の試み―」
『文学・語学』第206号(平成25年7月)

全国大学国語国文学会では、年度ごとに『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最もすぐれたものと見なされる論考に対して、文学・語学賞を授与することになっております。

平成25年度の当該の賞(206~208号掲載の若手の論文が審査対象)につき、編集委員会で慎重に審査いたしました結果、次の論考が授賞対象と決定いたしました。授賞式は、平成26年度夏季大会時の総会(5月25日、於県立神奈川近代文学館)で執り行われました。

授賞理由

大橋崇行氏の当該論文は、日本近代の黎明期に幅広い分野で活躍した文学者である山田美妙が持っていた〈翻訳〉に対する考え方の独自性を、実際の美妙の翻訳とその原拠の比較をもとに明らかにした点が高く評価できる。氏は、先行研究に於いて原拠不明の翻案作品とされていた美妙の小説「骨は独逸肉は美妙/花の茨、茨の花」の原拠を明らかにした上で、「美妙にとってこの作品を書くという営為は、原文を日本語に置き換えた上で、さらに具体的な内容を書き加えていくという作業そのものだったのである」と述べる。これと明治十九年頃に書かれた「翻訳文」について論じた草稿を合わせて考えることで、美妙の〈翻訳〉に対する問題意識が、坪内逍遙の影響による「和文」による翻訳の採用や、小説の言文一致の問題と密接に関わることを指摘し、美妙は「言語や国家を超えて人間が共通して持つ概念や言葉の法則を抽出していくことが〈翻訳〉であるという問題意識を獲得していた」のだと結論づける。美妙の文体観の変化を実証的な手続きを経て確認し、新たな問題意識を有した当時の美妙の積極的な姿勢を明らかにしている。

また、美妙の翻訳、文体に対する問題意識を考察する際には、同時代の言語状況、文学状況を広くその考察の内部に含みつつ、美妙が達成した独自の有り様に論究、積極的に評価するということを行っている。このことは、大橋論の射程の長さと視野の広さを物語るものでもある。関連する同時代状況への周到な目配りを行った上での考察は、美妙研究という枠組みを超えて、明治初期の文体研究に一石を投じるものである。

以上の理由から、大橋論は山田美妙研究に於いては画期をなす論であり、また、同時代の言語・文体研究への広がりを持つという点に於いて新たな方向性を示している。「文学・語学賞」にふさわしい論の出現を喜びたい。

平成24(2012)年度発行『文学・語学』

山﨑かおり氏(國學院大學兼任講師)

「『古事記』仁徳天皇条の『三色に変る奇しき虫』」
『文学・語学』第205号(平成25年3月)

全国大学国語国文学会では、年度毎に『文学・語学』に掲載された若手の投稿論文の中から、最も優れたものと見なされる論考に対して、文学・語学賞を授与することになっております。

平成24年度の当該の賞(第203~205号掲載の若手の論文が審査対象)につき、編集委員会で慎重に審査致しました結果、 上記の論考が授賞対象と決まりました。授賞式は、平成25年度夏季大会時の総会(6月2日、於成城大学)で執り行われました。

授賞理由

山﨑氏の当該論文は、『古事記』研究における本文研究の重要性を改めて示した点が、高く評価される。

『古事記』仁徳天皇条には、天皇と八田皇女との婚姻に対する妬心から独り筒木宮に入ってしまった大后石之日売命と天皇との関係修復の役割を担うものとして、「三色に変る奇しき虫」が登場する。しかし、当該のモチーフには周辺の本文を含めた解釈をめぐって諸説があり、定説が得られていない。本論文は当該モチーフについて『古事記』諸本の字体・字義・用法を詳細かつ緻密に検討して本居宣長『古事記伝』以来の通説的見解を改め、新たな校訂本文を提示した。

次に、三種に変化する虫を「奇し(奇異し)」とする理由及び天皇と大后との関係修復におけるその虫の役割について、蚕の三態や変態過程が「奇し」にふさわしい瑞祥性を有すること、皇帝・皇后の親耕・親蚕という中国古代の思想との関わりから校訂本文の文字が天皇・大后の行う農業・養蚕に関連する表現であるとし、天皇・大后それぞれが筒木宮に行く行動の正当性とこの虫が夫婦和合の象徴となるものであることを論じた。

本論文は『古事記』の堅実な本文研究に基づいて明確な解釈を提示し、そこに中国的な皇帝・皇后像の影響を背景として加え、仁徳天皇条の新たな理解を拓いたものであり、本文一字の検討から当該条全体への読み替えにつなげたダイナミックな論として、『文学・語学』賞にふさわしいものである。

平成23(2011)年度発行『文学・語学』

高木彬氏

「目的なき機械の射程―稲垣足穂『うすい街』と未来派建築―」
『文学・語学』第202号(平成24年3月)

平成22(2010)年度発行『文学・語学』

笹尾佳代氏

「少年少女の『たけくらべ』―児童文学としての樋口一葉―」
『文学・語学』第198号(平成22年11月)

平成21年度(2009)発行『文学・語学』

佐藤友哉氏

「『に』受身文と『によって』受身文の成立条件」
『文学・語学』第196号(平成22年3月)